FC2ブログ

20年前の8月、当時、私はパラグアイはアスンシオンでの1年間のボランティアを終え、
バックパッカーとして南米を旅していた。
パラグアイからボリビアに抜け、ラ・パスからチチカカ湖を回ってペルーのクスコに滞在し、
マチュピチュなどその周辺の遺跡を堪能して、リマに着いてその後の旅の計画を練っていた。

その間約1月半。

リマから久々に自宅へ国際電話を入れたら、父が狭心症で倒れたとのこと。
急遽、帰国の途に着き1989年の8月中旬に戻ってきた。

自宅に着くと父は「どこが悪いの?」と疑うほどピンピンしていたので一安心。
帰国翌日から店に出て、それから20年、この業界で働いてきた。

翌年1990年の4月からは眼鏡学校の2年間の夜間コースで学び、
卒業後は主に眼科クリニックで、眼鏡処方箋のお手伝いをして患者さんを紹介して頂いていた。

当時は眼鏡の業績が良く、時計には見向きもしなかったが
亡くなった少林寺拳法の師匠の影響で、少しずつ機械式時計に興味が湧いてきた。
しかも屋号が「時計店」にも関わらず、眼鏡だけに力を入れる訳にもいかなかった。

そこで、大手ディスカウンターとは競合しないアンティークウォッチを扱おうと思った。
しかし、アンティークウォッチの業界も、何も知らない素人が簡単に参入できるはずはない。
だから、やるからには時計機械に強くなろうと考え、
1999年、「ヒコ・ミズノ」の1年間の夜間コースで時計修理のイロハを学んだ。

それから壊した時計の数は人様より多いと誇れるほど、
ガムシャラに時計を弄り回し、首までどっぷり浸かり、気付いたら丸10年が経った。

今では眼鏡の業績が芳しくなく、ようやく時計修理とアンティークウォッチ販売を合わせて糊口を凌いでいる。
10年前のように眼鏡1本だったら店を畳んでいただろう。

今までの20年、決して順風満帆ではなく、また父との折り合いも悪く何度も辞めようかと思った。
しかし、振り返ってみると要となる時と場所で、
様々の方々の助けと励ましを頂き、感謝の念が尽きません。

これからいつまで生きれるか分からないが、生ある限り精一杯に今の仕事を続けようと思う。

20年後、六十路を越えた時、どんな想いで振り返られるか、今から楽しみです。
スポンサーサイト



 2009_08_14




07  « 2009_08 »  09

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

プロフィール

ダイワ時計店

Author:ダイワ時計店
有限会社 ダイワ時計店
神奈川県厚木市中町3-11-17
HP:http://www.daiwatokeiten.co.jp/
ショッピングHP:http://daiwatokeiten1.cart.fc2.com/

月別アーカイブ

最新トラックバック

ご訪問ありがとうございます。

FC2ブックマーク

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード




PAGE
TOP.